人形佐七捕物帳022
味わうべきは、ただただ人情物語
「恩愛の凧」（横溝正史）
（「完本 人形佐七捕物帳二」）
春陽堂書店
「恩愛の凧」（横溝正史）
（「羽子板娘」）角川文庫
豆六は頬に大きな火傷の傷を持つ
怪しい男のあとをつけ、
男が身を寄せる長屋に
たどり着く。
直後に届けられた酒を飲み、
男の相棒が悶死する。
酒に毒が入っていたのだ。
火傷の男は、
島抜けして江戸に潜伏している
大悪党らしく…。
人形佐七捕物帳の第二十二話です。
新年早々湧き上がる殺人事件ですが、
ミステリとしての謎解きはありません。
ただただ人情物語なのです。
【捕物帳〇二二｢恩愛の凧｣】
権現の吉五郎
…島抜けして江戸に潜伏している。
かつて江戸でならした大悪党。
凧づくりの名人。
介十郎
…吉五郎が身を寄せている
長屋の住人。小悪党。
新
…吉五郎を毒殺しようとした男。
お仙
…新の相棒。三十五、六の悪女。
田宮縫之助
…若侍。十八。
武芸と学問に秀で、人柄も良い。
後後室様
…縫之助の母親。縫之助が吉五郎から
貰いうけた凧を見てから
様子が変わる。
松助･専蔵…田宮家家臣。
辰･豆六…佐七の乾分。
お粂…佐七の女房。
佐七…人形佐七と呼ばれる御用聞き。
本作品の味わいどころ①
若殿様縫之助の人柄の良さ
筋書きは冒頭、若侍･縫之助と
悪党･吉五郎の邂逅から始まります。
吉五郎の持っていた凧が風で飛ばされ
(吉五郎は意図的に行ったものと
考えられる)
縫之助の道行きを妨げます。
激昂する家臣･松助と専蔵を
なだめるとともに、
凧の出来映えの見事さを見抜き、
それを所望、
腰の印籠と交換するのです。
印籠を感慨深げに見つめる吉五郎。
この段階で、
吉五郎は単なる悪人ではないことが
うかがえます。
本作品の味わいどころ②
しくじる佐七、それもよし
一方、強請られていた田宮家の屋敷を
警戒していた佐七は、
吉五郎の接触に
備えていたにもかかわらず、
吉五郎に相次いで二人の人間の殺害を
許してしまいます。
吉五郎に殺害されたのは
何と新とお仙の二人。
予想外の人間が襲撃されたとはいえ、
目前で二人の人間の殺害を
防げなかった佐七、
さぞかし落ち込むかと思えば、
「縮尻ったのが
いっそ嬉しいくらいですよ」と
あっけらかん。その理由は…。
本作品の味わいどころ③
最後に明かされる親の愛情
その理由は読んで
確かめてくださいとしかいえません。
悪事は働いても
親の情は失っていないのです。
二人を殺害した吉五郎は、
駆けつけた佐七に
手向かいすることなく、
自ら脾腹を切り自害して果てるのです。
さて、本作品には、
成長した我が子に対して、
金をゆすり取ろうとした母親と、
陰に回って
厄災を取り払おうとした父親の、
二人が描かれています。
子どもに深い愛情を注ごうとする
親がいる一方で、
子どもを微塵も愛せず
自分の都合しか考えられない
親もいます。
昭和15年(1940年)に書かれた
本作品ですが、何か現代の世相を
反映しているかのような
印象を受けます。
島抜けの大罪人･吉五郎と
若侍･縫之助に
どのような因縁があるのか、
凧はどんな役割を果たしていたのか、
そして吉五郎が新とお仙の二人を
斬り捨てなければならなかったのは
なぜか。
短篇ながら味わい深い作品に
仕上がっています。
横溝はおどろおどろしい
殺人事件ばかりではありません。
人情ものを書かせても
天下一品なのです。
〔「羽子板娘」収録作品一覧〕
羽子板娘
恩愛の凧
浮世絵師
石見銀山
吉様まいる
水芸三姉妹
色八卦
うかれ坊主
（2018.1.8）
〔｢完本 人形佐七捕物帳｣について〕
2019年12月から、春陽堂書店より
｢完本 人形佐七捕物帳｣が
全10巻で刊行されました。
佐七シリーズは全180作と
確定したようです。
〔｢完本 人形佐七捕物帳二｣
収録作品一覧〕
敵討人形噺
恩愛の凧
まぼろし役者
いなり娘
括猿の秘密
戯作地獄
佐七の青春
振袖幻之丞
幽霊姉妹
二人亀之助
風流六歌仙
生きている自来也
血染め表紙
怪談五色猫
本所七不思議
紅梅屋敷
からくり御殿
お化小姓
嵐の修験者
（2021.1.8）
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